『青い花 - 暗闇の約束』
Leïla Vasseur-Lamine
レイラ・ヴァスール=ラミヌ
佐佐木實 [訳]
月がおともの星たちを掻きわけ
まどろむ世界をながめ物想うとき
その凍てつく面の手前に 私は薄衣を広げよう
そして半ばまで持ち上げよう
(ルイーズ・アケルマン)
暗闇から露わになる半透明の輝き。西村陽一郎の写真はじっと見ていたいという気を起こさせる。パリの国際写真展 fotofeverでは、彼の『Blue Flower』と英語で題されたシリーズ117枚のうちの一部が展示された。小さめの、およそ葉書大サイズの作品を展示するという選択をしたおかげで、紫を帯びた青色の、いわば深海の色の花々を至近距離から観察するよう鑑賞者は促される。黒い奥底から燐光を放つように浮かび上がる冷たい色調。
この効果は西村陽一郎が長年に渡るフォトグラム制作の経験から掴んだものだ。フォトグラムというのは、感光剤を施した表面(例えば銀塩写真で使う印画紙)に物を載せ、それに直接光を当てることで画像を得る技法。写真術の祖先にあたり、またマン・レイの芸術表現の技法としても発展をみた技法である。この手法ではネガ・フィルム同様に画像が反転するのだが(光を浴びた部分は黒くなり、物に遮られて光を浴びなかった部分は白いままとなる)、西村はこの手法を出発点としたうえで、スキャナーという今日身近に使われている道具に着目、制作の道具としてどう使えるのか、銀塩写真とは異なるデジタル技法にどう取り組むか、と検討を重ねた。その結果生まれたのが彼が「スキャングラム」と呼ぶ技法であり、『Blue Flower』シリーズの制作へと繋がっていった。
7年に渡る探求の成果であるこのシリーズの主題は花。花は常に親密さと結びついている。一つは、制作者西村と花との親密さ。彼の自宅で採取された花や彼の妻が持ち帰った花が使われているのだ。そして、彼の花の捕らえかたから伺える親密な感情。そっとX線で撫でられて花が現れる、というか、西村が花に与えたまるで魔法のような象徴性を纏って花は立ち現れる。実際、西村はこの花の静物画に新たな息吹を吹き込む。元は赤、黄、橙の色をしていたしおれた花々を鏡の向こうで青に変え(色を反転させる)、暗がりを明るみに、光を闇にしながら。そしてそれぞれの花からは閃光が発せられる。暗闇の約束はかくあるかのように。
繊細さと鮮烈さとが共存するという植物の撞着。闇中に調和を見出す詩的な陰と陽。西村は、自然が生まれ形を成しては消え、また生まれるという、永遠の流動の秘密に光をあてる。
花を青く見ている西村は夢想する、花は死なない、と。
Leïla Vasseur-Lamineレイラ・ヴァスール=ラミヌ
パリに生まれ、育ち、学生時代を送る。興味ある分野は文学、演劇、美術。編集者、作家、翻訳家として活動し、現在は保存修復を学んでいる。彼女にとって文化とは心の道であり、最大限の人が分ちあうべきもの。