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影の花たち

 

 フォトグラムは写真の技法の中でも最も古いものの一つだ。というよりも、写真術が完全にでき上がる前から、塩化銀や硝酸銀を塗布した紙に物体を置き、光を当ててその形を写しとったという記録があるから、「写真以前」から存在していたとさえいえるだろう。

 西村陽一郎はそんなフォトグラムに魅せられ、以前からその技法で多くの作品を制作し続けてきた。それは単純に古典技法の復活、原点回帰という事ではないと思う。フォトグラムは西村にとって、新たな表現領域を切り拓いていくための豊かな土壌であり、むしろ次の写真表現の可能性をさし示してくれる技術なのではないだろうか。

 今回、西村が試みたのは、彼自身によって「スキャングラム透過陰画法」と名づけられた新技法である。この技法は、スキャナ上に置いた花や葉をネガデータにすることで作られる、いわばフォトグラムのデジタル版とでもいうべきものだ。最大の特徴は、植物の輪郭やフォルムが写しとられるだけでなく、色味が補色に反転することで、たとえば赤いハイビスカスやツツジは青っぽい画像に出力されてくる。その視覚的効果は絶大なもので、花たちはあたかも月の光に染め上げられたような魔術的な雰囲気を醸し出すことになる。いわばポジからネガに転じた「影の花たち」が、そこに出現してくるといえるだろう。

 写真表現の歴史をふり返ると魔術師、あるいは錬金術師のような写真家たちの系譜が浮かび上がってくる。現実世界をそのまま再現・記録するよりは、それらを魔術的なイメージに変換することに歓びを見出し、情熱を傾ける写真家たちだ。そして、フォトグラムは彼らにとって大事な表現手段であり続けてきた。20世紀最大の「イメージの錬金術師」、マン・レイもその一人である。そして西村陽一郎も、明らかにその系譜に連なる写真家といえる。

 彼のフォトグラムの探求は、むろんこれで終わりということはないだろう。「スキャングラム透過陰画法」にしても、植物だけをモチーフにする必要はないはずだ。将来的には、さまざまなモノや生きもの(人間を含む)にも拡大していけるだろう。それはそれとして、まずは花や葉からスタートしたのはとてもよかったと思う。ひっそりと闇の中で開花する「影の花たち」は、控えめだが意外な熱情を秘めた西村にふさわしいテーマといえるからだ。

 

飯沢耕太郎(写真評論家)

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